こんにちは。
藤田優子と言います。
本業はバレエ教師ですが、コロナの出現により私の仕事は大幅に減りました。
毎日、自宅で何をしたかというと、子どもの生徒たちにむけて、
物語を書き、絵も描き、ラジオで朗読を配信し、プロの声優さんと繋がり、
その方のラジオで自作の物語を朗読していただくなど、活動の幅を広げました。

第一章では、このような情勢のもとで、真っ先に仕事がなくなった
舞台に携わる私たちの声が、掻き消えていったのはなぜかという思いと、
このウィルスの出現によって、世界中が危機にに陥った背景について調べたことを
4つの記事に分けて残してあります。

ここから先は、私たちが地球に生きる人として、避けては通れない課題の中で、
この先どうやってアーティストとして生きていくかについて考え、一人で実行した事、
そして、その次に賛同してくれる仲間とどのように表現することを継続していくか、
舞台芸術の価値とは、いったいなんであるかについてを書いていきます。
私見です。


先ず、劇場のあり方と関わり方についてですが、これを真っ先に見直す必要があると思いました。
三密云々の話ではなく、そもそも劇場に足を運べる人は、限られているという話からします。

劇場を満席にし、多くの方に舞台芸術を楽しんでほしいと思うことに対して
反対意見を述べるつもりはありません。 


けれども、そのこと自体にに疑問を感じる出来事が、私の身の回りに幾つも起こりました。

それが、人種差別でした。

人種差別は、肌の色に限ったことではありません。
劇場に足を運べるのは、健康な限られた人であり、有名な劇場の舞台に立てる人も、一部の限られた人です。

この意味を、改めて考えるに至りました。

あんなに進まなかった、無観客上演、生配信。
自分達(健常者)に危機が及んだら、こんなに一気に進んだ…
私の目に入ってきたのは、普段、体が不自由で劇場に気楽に足を運べない方が、絞り出すように呟いたこの言葉です。

無意識に、自分とは全く違う生活をしている人、本人の責任ではないのに、そういう生活をしている人のことを
私たちは全く考えもせず、当たり前のように劇場に足を運び、舞台に立ってきたのです。

件のつぶやきを見たとき、胸がえぐられるような思いがしました。
そして、その言葉に胸がえぐられるほどの思いをするタイプの人間で、私はよかったと思っています。

だって、仕方ないじゃない…
私達には、どうすることもできない…
中途半端に関わる方が無責任…

今まで、同じようなことに心を痛めるたびに、大人達に言われてきたことです。
子どもだった私は、納得し、心にふたをして生きてきました。
けれども45歳になろうとしている今も尚、同じことに傷ついています。
仕方ないとは思えないからです。

得体の知れないウィルスが蔓延り、人種差別問題で大国が揺れ動くのを見ながら
やっぱり仕方なくはないのだな…出来ることをみつけて行動したい。
そう確信を持ちました。

続く。