こんにちは。
藤沢市のバレエ教室 バレエアートシアターin湘南 主宰の藤田優子です。

今日は、2020年 12月22日。

私は今、昨年書きあげたミュージカル脚本を、この時代の変化になぞって、また少し書き換えています。

リハーサルを再開し、子どもの生徒達が、この物語に命を吹き込んでくれました。
役になりきる。気持ちを作る。
これは、簡単なことではありません。

膨大なパズルのピースを、ひとつひとつはめ込むかのように、この物語は私の目の前でひとつの形になろうとしているかのようです。
それはまるで生き物のようで、時に恐ろしく、時に懇願するように私の背中を押し続けてくれます。不思議です。

この感覚は、昨年の自主公演の制作をしていた時にとてもよく似ています。
風に乗って、大海原をぐんぐん進んでいるかのような、あの感覚。
たった2年前なのに、なんだか懐かしいのです。
それ程までに、この一年は時が止まったような日々でした。

くるみ割り人形の原作を読み返すと、背中を押すその何かは、さらに強く、あるメッセージを伝えて欲しいと懇願してくるかのようです。

私にとって、ねずみの女王、そして化けねずみは、今、世の中に起こっている問題の全てと重なって見えます。

ねずみの女王は、人間とは価値観、習慣の違う存在の象徴でした。
そして、そのねずみの女王と出会った人間である、お妃様と王様は、自分達とは違う価値観、習慣を受け入れることなく、権力に任せて踏み潰してしまいます。
それによって、王女は呪われ、王女の周りにも飛び火し、何世代にも渡ってその呪いは受け継がれることになるのです。

権力に任せて踏み潰す。

耳が痛いことばです。

人種差別や、戦争のような大きなことに限らず、日常の小さな出来事にも溢れている、私達人間の性質になってしまってはいないでしょうか…

考え方の違う人を排除し、ルールに従えない人を罰する。
その理由も考えずに。
強い人だけが認められ、みんながそこを目指すのが正しいかのような空気。
努力しないものは叩かれ、結果を残した者だけが富を得る。
その背景も考えずに。
排除され、無視されたという思いは、やがて大きく膨らみ、自分の大切な存在に飛び火することには気づかずに…
何百年も繰り返されてきました。

何百年も前の物語にも、はっきりとそのことが描かれています。

それでも、物語には必ず救いがあって、大昔からずっと同じことを私達に語りかけているのです。
それは、目の前にある表面的なことに惑わされず、心の目で物事を見ること。
それこそ呪いを解く鍵になっている。
人間は本能的に、そのことを知っているのに、行動に起こせずにいるのかもしれません。

だからこそ、物語は何百年も語り継がれ、人々に愛されてきたのでしょう。希望のかけらのような存在ですね…。
本当はそうありたいのに、手放せない何かで自分を縛っている人間達の希望のかけら。

物語に心踊らせる子どもの姿に癒されるのは、そこに希望のかけらを見出しているからかもしれません。

醜いくるみ割り人形に、心惹かれた主人公のクララは、表面的な見た目に惑わされることのない純粋な心の象徴です。

いつしか大人になり、クララがその純粋さを失った時、またこの呪いは繰り返されてしまうかもしれません。
私は、この繰り返される呪いを、物語にしました。

風の時代の始まりに、脱ぎ捨てるもの。
それは、表面的なことに惑わされる曇った目。
自分の心と向き合うのを恐れ、自分を欺いて生きること。

くるみ割り人形とクララの夢は、大人になったクララの物語です。

Ballet Arts Theatre in Shonan 
江の島スタジオ
藤田 優子