こんにちは。
藤沢市のバレエ教室 バレエアートシアターin湘南 主宰の藤田優子です。

突然ですが、バレエを習っている皆さま、もしくはバレエ教室を経営されている先生方、なぜバレエを選ばれましたか?

特に先生方は、何故子どもにバレエを教えることを、生涯の仕事に選ばれましたか?

実は私も、未だにその理由を考え続けています。
バレエが素晴らしいものだと、バレエは子どもさんにとって良いものだと、信じて疑わなかった頃の私は無知でした。

ただ今、コロナ禍。
バレエに限らず、芸術は窮地に追い込まれているように感じます。(もちろん飲食や医療、小売業、観光業も…)

そうなると、必死で守りたい。
バレエを習う価値を知って欲しいと思う心理が働いてしまい、今回を機に、私なりに考え、調べてみたところ、ある教育理念に出会うことになりました。

それは、イタリアのレッジョ・エミリアという地域で実施されている教育理念で、教育大国スウェーデンの大学でも幼児教育に取り入れられ、教育のプロが学んでいるものです。

レッジョ・エミリアアプローチでは、子どもさんは生まれてから毎日、身の回りにある環境から情報を吸収し、100の言語を持つようになると捉えています。


それは言葉だけではなく、絵を描くこと、歌うこと、踊ること、作話すること、泣くこと、笑うこと、怒ることなどなど…
子どもさんは、自分の気持ちを伝えるあらゆる手段、すなわち言語によって、多彩なコミュニケーションを取ることができるのだそうです。

けれどもその言語は、画一的な教育や、大人からの矯正によって、9割以上が大人になる過程で失われてしまうと言われています。
大人の皆さん……心当たりはありませんか?
私はあります。

その教育理念に出会ってしまい、私が知っているバレエと繋げて考えてみた時に、嗚呼…と、涙が溢れ出したことを、
私はこの先、決して忘れられないと思います。

小さな頃から、自分がそう習ったように、「バレエは決まり事が多いのよ!言われた通りに動ける人が上手な人よ!」と小さい子どもさんを前に教えながら、
何故こんなに胸が痛むのだろう…と思っていた理由がわかりました。

バレエは決まり事が多い。その通りなのです。その通りなのだけれど、それに出会ったせいで、本来持つ言語を失う弊害を知っていたなら、その通りに教えるには相当に大きな覚悟が要ります。お互いに。
例えばプロを目指す場合など…ですね。

情操教育として、子どもさんが持つ言語を失わないように考えられたバレエの指導法は、今の世の中にはないかもしれません。

または、伝統を守る観点から、そのようなものはあってはならないという声も上がるかもしれません。
バレエをやるべき素質というのは、はっきりしていて、それに合わない子どもがバレエを学ぶことはむしろ不幸だという考え方も、頷けなくはないのです。

ですが、小さな子どもさんがバレエに出会ったことを、あらゆる意味において良い体験として語り継がれなければ、この国にバレエは浸透していかないのではないでしょうか。

世界の名門バレエ学校での入学条件には、骨格や頭身バランス、容姿の条件的にも、日本人は当てはまらないとよく言われています。
それでも、今や世界中のバレエ団に日本人のソリストやプリンシパルは必ずいるのもまた事実。
簡単にこれが正解と言えないのが、バレエを含めた芸術の魅力でもあるのではないでしょうか。

小さな子どもさんがバレエに出会った時、まず自分は何にでもなれることを知ります。
鳥や小さな動物、花の妖精やお菓子の妖精になれるのです。
もともと持っている、体で表現するという言語を上手に使って、自分が何にでもなれることを子どもさん自身が気づく瞬間は、本当に感動的です。

私の教室では、子どもさんのお母様がよく泣いておられます。
お子さんが、持って生まれた言語を存分に使い、思い切り表現する姿に、そこにある確かな才能に、素直に感動していらっしゃるからです。

子どもさんがこの先一生、バレエを習って良かったと思えるために、言語を奪うのではなく、さらにクリアに表現できる一つの方法として、バレエのニュアンスに繋がるものや、バレエの魅力、安全なバレエを、私は提案していきたいと思っています。


Ballet Arts Theatre in Shonan 
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藤田 優子